【合格体験記】中央大学 理工学部 情報工学科

合格体験記 中央大学 理工学部 情報工学科 キャンパス風景

「先生、僕そろそろ本気出します。」ここから僕の大学受験は始まりました。
僕と先生の出会いは中学時代。中学受験を終えて完全に燃え尽きていた僕を見かねた母が、塾に行くのは気が乗らないだろうからと家庭教師の先生をつけてくれることになりました。それが先生です。先生はとっても優しく、そして今まで出会ったことのあるどの先生とも違いました。先生との最初の授業は、なんと部屋の掃除でした。学校のプリントが散乱していて、床まで埋め尽くされている僕の部屋を見て先生は、「一緒に掃除をしよう。」と言って、当事者の僕よりも部屋の片づけをしてくれました。
授業では、定期テストの対策や、長期休暇の課題を一緒に解いたりしました。中高一貫の学校に通っていたため、普通よりも変則的な進度だったと思いますが、柔軟に対応してくださいました。
しかし、高校受験もなく、何の焦りも感じていない僕は、ほとんど先生との授業以外で勉強をすることもなく、学年での順位も下から 20 番目ぐらいでした。
高校二年生の終わりに、友人から、「そろそろ大学受験のことを考えた方がいい」と言われました。すでに周りには、受験に向けて生活すべてを勉強に捧げているような子も少なくありませんでした。僕と周りの人たちには、大きな差ができていました。
そのことに気づいた僕は、勉強しよう、と決心しました。たぶん、真剣に授業してくれているのに、ずっと成績が停滞していることの先生への引け目があったのだと思います。
そして冒頭の言葉を先生に伝えました。先生は喜んで僕の決意表明を受け入れてくれました。
まず僕は、志望校を決めました。この時は各大学に関する知識も乏しかったので、小さいころから関東に行きたかったのと、聞きなじみがあったので、慶應義塾大学を志望校にしました。理系選択だったので、理工学部を志望学部にしました。
次に、一年間のスケジュールを立てました。インターネットで質の高い参考書を調 べ、先生に参考書の難易度感を聞いて、慶応理工という目標から逆算するようにスケジュールを立てていきました。
そこからは猛勉強の始まりです。先生との授業は週二回だったので、授業までに参考書をひたすら解き進め、自分で理解できない問題を溜めておいて、授業でわからない問題を聞くという勉強法ですすめました。
夏休みまでは、高校二年生までに取りこぼしたものを一つずつ学びなおす作業でした。周りの人たちはどんどん成績を上げているのに、僕はなかなか成績が上がりませんでした。5 年間サボってしまうと、受験勉強のスタート地点に立つことすらできないのかともどかしい日々が続きました。
夏休みに入ると、学校もなくなり一日家にこもって勉強する生活となりました。
集中力が長持ちする方ではなかったので、一時間半勉強して 15 分休憩するというサイクルで勉強していました。週二回から三回の先生との授業では、いろんな大学の過去問を解いたり、勉強の相談に乗ってもらったりしていました。もちろん問題を解いたりしていましたが、今考えるとメンタル面でも支えてもらっていたと思います。
そうして長く苦しい夏休みを終えました。夏休みの勉強時間は、一日平均 10 時間ぐらいでした。最大で 12 時間は一日に勉強していました。九月になってようやく成績が伸び始めました。夏休みの後に学校で行われた実力考査では、化学で一位を取ることができました。また、今まで模試を受けても E 判定や D 判定しかもらえなかったのが、 C 判定や、最高で B 判定までもらえるようになりました。秋、冬は、再び始まって学校に時間を取られることへのもどかしさで、なかなか自学に集中することができませんでした。夏休みを本気でやり切れたために、この期間はずっと不完全燃焼な感覚がありました。先生との授業では、自学しにくい英語に重点的に取り組むようになりました。MARCH や早慶の英語の過去問を持ってきてもらって、一緒に解いていました。その甲斐もあってか、共通テストでは英語で 200 点満点のうち、178 点を取ることができました。総合でも 8 割近い点数を取ることができました。
迎えた慶應入試本番では、実力不足で不合格になってしまいましたが、なんとか今通っている大学に合格することができました。高校二年生までの僕からすると信じられない進歩でした。
今では大学で、自分が今まで勉強してみたかったことを学んでいます。これもすべて、先生が優しく接してくれて、手厚いサポートをしていただいたおかげです。もしこれを読んでいる人がいたら、是非、先生のことを徹底的にこき使ってください。それが先生の何よりの喜びです。
先生、ありがとうございました!

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